2017/11/25

夢と現実との距離|ブルース・スプリングスティーン


「Born To Run」と聞いて、クリストファー・マクドゥーガルの著書を思い浮べるランナーは多いことでしょう。
私もランナーの端くれではありますが、真っ先に浮かぶのは、ブルース・スプリングスティーンの曲です。
「Born To Run(邦題:明日なき暴走)」は1975年に発売され、スプリングスティーンの3枚目のアルバムタイトルにもなっています。
レース前によく聞いていた1曲です。

「俺の仕事は常に、アメリカの夢と現実との距離を検証することだった」と語っているスプリングスティーン。
「明日なき暴走」もそうですが、彼の歌詞には夢と現実との距離が描かれているものが多くあります。
例えば、1978年のアルバム「闇に吠える街」に収録されている「Badlands」
バッドランド
毎日それを生きなければならない
夢破れた心を立てなおそう
代価は自分で払わなければならないのだから
そしてバッドランドが もう少し住みよくなり
何かが見えてくるまで
俺たちは頑張り続けよう

生きていることが素晴らしいと感じることは罪ではないと
心に深く抱いている者たちのために
俺をまともに見てくれる
ひとつの顔を見つけたい
ひとつの場所を見つけたい
そして俺は、バッドランドに唾を吐きかけたい
アメリカン・ドリームは誰にでも約束されたものではなく、手にすることが出来るのは極一部の人たちです。
当然、ほとんどの人の夢は打ち砕かれ実現することがない。
同じく1978年の作品「The Promised Land」にある一節です。
吹き飛ばせ 俺を引き裂くすべての夢を
吹き飛ばせ 俺の望みをくだくすべての夢を
吹き飛ばせ 俺を打ちのめし どうしていいか分からなくさせるすべての嘘を
時は流れて、2012年の「We Take Care Of Our Own」ではアメリカの夢の約束とその場所を問いかけます。
目はどこにある
見る意思のある目は
慈悲にあふれた心はどこにある
俺を見捨てなかった愛はどこにある
俺の手 俺の魂を解放してくれる仕事はどこにある
俺の心を支配する精神はどこにある
アメリカの夢の約束は
今この国のどこにある
スプリングスティーンは、20代の頃から60代になった今でも、アメリカの夢と現実との距離を測り続けています。
そしてその距離の狭間を彷徨い、苦悩する人々の姿を描き続けています。

陸上競技だと、「夢破れた心」は誰もいないトラックやフィールドに、いつも亡霊のように漂っているように私には思えます。
様々な理由から上を目指すことを諦めたその日から、多くの元アスリートは「破れた心」を抱えたまま生き続けます。
それはまるでスプリングスティーンが「明日なき暴走」で歌う「死の罠」です。
昼は街路で汗水たらし働き
つかむことのできないアメリカの夢を追い
夜はアクセルをふかし クロームの車輪を転がして町境を越え
放たれた獣のように ハイウェイ9に躍り出る
俺たちは自殺マシーンに乗って
栄光の館を走り抜ける
この街は お前の背骨を剥ぎとってしまうだろう
それは死の罠 自殺の謀略だ
若いうちに抜け出した方がいい

ハイウェイは夢破れた英雄たちで埋まっている
彼らは最後の疾走に賭けている
今夜は誰もが走っている
でも隠れる場所はどこにもない

いつの日か、いつだか分からないけれど
俺たちは 本当に望んでいる
あの場所にたどり着くだろう
陽の当たる場所を歩くだろう
でもその時まで 俺たちのような根無し草は
走るために生まれてきたんだ
若いころ、私は結局、走ることで何かを掴み取ることは出来なかった。
他人から見れば「そんなことはない」と思うのかも知れないけれど、少なくとも自分が望む場所に到達することは出来なかった。
引退した後、ランニングを再開したころは、昔を思い出すことが多くて、破れたままになっている心の埋め合わせをしようともがいていた時期もありました。
そして夢と現実の間の距離から抜け出すことが出来た時、やっと気づくのです。
走ることは人生を肯定する手段になり得ると。
弱く愚かな私でも、ようやく「あの場所」にたどり着いたのかも知れません。

スプリングスティーンは2014年のアルバム「High Hopes」のラストをスーサイドの「Dream Baby Dream」のカバーで締めくくりました。
夢を見続けよう…と繰り返して。

2017/11/16

西澤果穂さん|東日本女子駅伝(自由に走ること)


東日本女子駅伝、青森代表の5区を走ったのは西澤果穂さん。
久しぶりに駅伝を走る姿を見せてくれました。
残念ながら中継にはあまり映っていませんでしたが、タイムや区間順位以上に、そしてこれまで以上に西澤さんらしさが出ていたように思えました。
西澤さんのツイートhttps://goo.gl/yEyt4Lより
西澤さんの走りを初めて注目して見たのは東京国体、少年女子A3000mの決勝でした。
西澤さんは9分9秒89で4位入賞。
このレースを眺めながら、私は自然と二人の選手に注目していました。
一人は第二集団を走る林田玲奈さん。
そしてもう一人が2位争いをしていた西澤果穂さんです。
天性のミッドフット着地、力みのないコンパクトな腕振り、軽快なピッチ…とても理想的な走り方をしている選手だと感じました。
どんな走り方を理想とするかは人それぞれですが、私は今でも、長い距離を走るなら西澤さんの走り方が限りなく理想に近いと思います。
今回の駅伝でも、相変わらず素敵なフォームで走っていたことが画像からも分かります。

西澤さんは、駅伝はこれで引退、とツイートしています。
私からすれば本当に楽しみなのはこれからです。
自分のペースで走れる環境を手に入れ、純粋に楽しく走れるようになった時、西澤さんがどう走ることと関わっているのか楽しみでなりません。

とはいえ、純粋に楽しく走れるようになるまでには、少し時間がかかるかも知れません。
自分のことを思い出してみても、引退後の数年間、陸上競技のテレビ中継を見ても心から応援する気持ちにはなれませんでしたし、可能な限り見ないようにしていました。
どこか諦めきれない自分がいるのです。
競技を辞める時はもちろん、その後に諦めるのにも「力」が要ります。
きっかけは様々でしょうが、そうした状況を乗り越えたとき、これまでの経験を糧として、しかもこれまでとは違うランニング観が芽生えてくると思います。
例えばマラソンを走り続けている吉田香織さん。
吉田さんは、実業団にいた頃とは全く異なるアプローチでマラソンを走っています。
吉田さんの走りからは「自由」を感じます。
でもその「自由」は、実業団時代の糧がなければ手に入れられなかったことでしょう。

自由に走るとは、何よりも自分のために走ることだろうと思います。
走ることを楽しむことはもちろん、走ることで得られる充足感は、すべて自分自身が生きる糧となるからです。
自分自身のために走ることが出来れば、他のランナーの自由を尊重することも出来る。
本当に自由なランナーは、他人の走りを批判せず、素敵な部分だけを見つけることが出来る。
そうした意味で、西澤果穂さんは誰よりも優しいランナーになると、私は信じています。