2017/01/26

昔の選手はすごかった?


昔、沢村栄治という投手がいました。
彼の球速は160㎞を超えていたと言われていますが、一方で「昔の人にそんな体力があるはずがない」として、実際は140㎞くらいじゃないかとする意見もあります。
私たちは「昔の人の体力」を想像する事しか出来ないのですから、様々な意見が出るのは当然のことでしょう。

ですが陸上競技であれば、かなり正確な記録が残っています。
3人の選手に注目してみましょう。

女子選手ですぐに名前が浮かぶのは人見絹江さんです。
1920年代の後半に活躍した人見さんは800mの銀メダリストとして有名ですが、本来は短距離と幅跳びの選手で、100m、200mそして走幅跳の元世界記録保持者です。
その記録は、100m12秒2、200m24秒7、走幅跳5m97。
これから紹介するすべての選手に言えることですが、この時代の競技場は土のグラウンドです。
スパイクのピンは針で、スターティングブロックはありません。
選手はスコップで穴を掘り、そこに足を固定させます。
  1. アンツーカー(土のグラウンド)と現在の競技場
  2. スターティングブロックの存在
この2点だけを考えてみても、100mではかなりタイムが変わるはずです。
特にタータンとアンツーカーでの違いは陸上短距離をやっていた人なら経験があるかと思います。
どのくらい違っていましたか?
個人差はもちろんありますが、私の場合は最大で0.5秒くらい違っていました。
スターティングブロックとスコップで掘った穴の差は、想像でしかありませんが、0.3秒くらい違うのかなと思います。
100mで0.8秒違うとすると、人見さんが今の環境で走ったタイムは11秒4になります。
このタイムだと、今でも日本のトップレベルと同じくらいです。
特に人見さんの場合、走幅跳の記録が5m97㎝で、これは現代の日本選手権でも年度によっては優勝してしまうくらいです。
100や200は手動のストップウォッチなので誤差があるでしょうが、跳躍種目はアナログでもかなり正確です。
昔の環境でこれだけ跳べてしまうのですから、100mが現代のトップ選手と同じくらいのレベルであっても何も不思議はありません。

ちなみに人見さんは銀メダルを獲得した五輪のレースに出るまで、800mを走ったことがなかったそうです。
初めて走った800mの決勝を2分17秒6で走ります。
画像、左側が人見さん。
土のグラウンドでスパイクも今よりだいぶ重そうです。
この画像から想像するに、人見さんの接地はフォアフットです。
スプリンターの走り方で800mを走り切ったのでしょう。
日本では「中・長距離」と中距離は長距離と一緒くたに言われますが、世界のトップを見れば、昔から「短・中距離」なのだと思わされます。
人見さんが銀メダルを獲得してから次に日本の女子選手がメダルを獲得したのはバルセロナの有森さん…実に64年もの歳月が経過していました。
そしてトラック種目では、今も人見さんが唯一のメダリストです。

2人目は吉岡隆徳さん。
1932年、ロサンゼルスオリンピックの100m決勝で6位入賞。
以下その時の映像です。一番内側が吉岡さんです。
この3年後には10秒3の世界タイ記録を3回出します。
間違いなく当時の世界トップクラスです。
手動の誤差があるにせよ、3度もマークするとなると信憑性は高くなります。
10秒3に近いタイムで走っていたとみて間違いないでしょう。
先ほどの人見さんと同じように100mのタイムを現代に換算してみると…
ボルトと同じレベルになってしまいます…。
いくら何でもそりゃないだろうと私も思います。
でも9秒台のレベルだったのかも知れません。

最後は南部忠平さん。
1931年、走幅跳で7m98というとてつもない記録を出した人です。
1932年のロサンゼルスオリンピックでは三段跳びで金、走幅跳で銅メダル。
この人も世界トップレベルです。
何しろ7m98が驚異的すぎます。
この記録は現在でも日本歴代13位ですし、私が現役の頃は歴代10位内でした。

20世紀前半の頃の日本人は、全体で見れば確かに体力は低かったかもしれません。
ですが世界のトップレベルにあったアスリートを見ると、今とあまり変わらないと推察できます。
だとすると、冒頭に挙げた沢村栄治の球速も、もしかしたら160㎞に近かったのかも知れません。
アメリカ遠征の際に沢村の速球はメジャーリーガーに通用したわけですから、世界のトップレベルだったと考えられます。
その沢村の球速が140㎞であったとするなら、当時のメジャーリーガーは140㎞の速球を打てないレベルだったことになってしまいます。
それもなかなか考えにくいことです。
いずれにせよ、「昔の日本人にそんな体力はない」という指摘は、当時世界で活躍していたアスリートにはあてはまらないことは間違いなさそうです。