2016/05/05

約束の地|U2

アイルランド出身のロック・バンドU2のベーシスト、アダム・クレイトンが「魂の叫び」の中でこんなことを語っています。
こんなことを言う奴らがいる
音楽に政治を持ち込むべきではないだとか、あるいはスポーツに政治をとかだ
ふざけんじゃねぇ
これには全く同感です。
スポーツも表現の手段ですから、どんな想いを込めても構わない。
陸上競技で、例えば棒高跳びなら、一回の跳躍に、反戦、平和、身近な人への想い…何を込めても構わないはずです。

走りながら聴く音楽。
U2では特にWher The Streets Have No Name (邦題は「約束の地」)をよく聴きます。
高校生の頃は、レースの前にも必ず聴いていました。
初めてU2を聴いたのは13歳の時でした。
あの頃は歌詞の意味がはっきり分からなくて、でもすごい詩であることは分かって、色々な想いを巡らせていました。
逃げたいんだ 隠れたい
僕を閉じ込めているこの壁を破りたい
手を伸ばして 炎に触れたい
名も知らぬ町で

陽光をこの顔に感じたい
雲よ 跡形もなく消えてしまえ
黒い雨から 身を守りたい
名も知らぬ町で

今も愛に生き 愛に死んだ町
そこへ僕は君と行く
それが僕にできるすべて

都会は洪水 愛はさびている
風にたたかれ ほこりにまみれる
高原の砂漠の町へ行こう
どの通りにも名前のない町へ

今も愛に生き 愛に死んだ町
そこへ僕は君と行く
それが僕にできるすべて
どの町のことを歌っているのだろうかとあれこれ考えました。
原発事故のあったチェルノブイリだろうか?
アパルトヘイトが行われている南アフリカの黒人居住区のことだろうか?
そして私はどこへ向かって走っているのだろうかと。
その後、U2は世界中でこの曲を歌い続けています。
紛争中の国、貧困にあえぐ町、差別が蔓延している地域、9.11の犠牲者を追悼するときにも。

走り続けていると、いつしか自分が走るこの道こそが「名前のない通り」であることに気づきます。
世界中、誰もがみな、路地裏の走者なのだと。

2016/04/17

旅する詩人|三角みづ紀

旅はこころのありようを問うもの、と幸田文は書いています。
「旅」と「走」はとても似ています。

一人旅が苦手な人は、恐らく一人で走るのも苦手です。
トレーニングも幾人かで行わないと面白くない、と考える人が多いようです。
一人旅が好きな人は、一人で走ることを好むようにも思います。
一人は孤独です。
でも独りでいられる人でないと、こころのありようを問うことは出来ないでしょう。
本物の走者、本物の旅人は、きっと独りです。
独りで想い、独りで動く。
独りを確立させることが出来て初めて、他者と関わることも出来るのではないでしょうか。

先日は寺山修司について書きましたが、今を生きる詩人で最も好きな人を挙げると、三角みづ紀さんの名前が出てきます。

三角さんは、旅する詩人です。
旅先からたくさん絵葉書を送ってくださって、それが私の宝物になっています。
今の日本を代表する詩人と言っても良いのではないかと思います。

その三角さんの詩集に「隣人のいない部屋」があります。
スロヴェニア、イタリア、ドイツを旅した際に執筆された作品で構成されていて、独りで旅する思考が凝縮されています。

例えばランニングであれば、記録の為に走る、という意識が強くなってしまうと、走ることそのものを楽しむことが出来なくなることがあります。
旅も同じです。
移動をつづける
町から町へ、町から島へ
そうやって徐々に
目的だけになって
する ことを
する ために
風景がしんで黒い額縁に飾る
ひどく疲れているのかもしれない
もうすぐサンタルチア駅だ 
(詩集「隣人のいない部屋」より)
「風景がしんで黒い額縁に飾る」…これをランニングに置き換えると、走ることは痛苦でしかないように思えてきます。
目的を見失うのとは違います。
明確過ぎる目的が、精神を細く削ります。

何のために走っているの?
現役の頃からよく耳にする質問です。
20歳の頃は答えられませんでした。
旅することも、走ることも、「こころのありようを問うもの」であるならば、この質問は「こころのありようを問うてどうするのか?」と言い換えることが出来ます。

何故こころのありようを問うのか?
自分を見つめてどうするのか?
私は走ります。
少しですが私も文章を書きます。
走ることを思考に、書くことを速度に。
生きることを、人生を肯定するために。
私の人生は自分で肯定するくらいの価値はあるはずだと。
静脈にのって
輪郭をそこないつつあるが
とめどなく進む
青の洞窟を抜けて
わたしたちは愚かだが
生きる価値くらいはある
(詩集「隣人のいない部屋」より)
人生はマラソンではありません。
旅でも詩でもありません。
でもマラソンや旅、或いは詩を書くことは、人生を肯定する手段になるはずです。
三角さんは、日常のすべてを詩にすることで、生きることを肯定している詩人なのだろうと思います。
だからこそ私は三角さんの作品から、「私たちは生きている」という強いメッセージを感じます。

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2016/04/11

走ることは思想なのだ|寺山修司


「好きな詩人は?」と訊かれたら、青森県三沢出身の寺山修司の名前を真っ先にあげます。
寺山修司は、戯曲作家、映画の脚本家と監督、詩人、歌人など多方面で活躍した人です。

この寺山の作品に「さらばハイセイコー」という詩があります。
その中にある一節…
ふりむくな
ふりむくな
うしろには夢がない
競馬を愛し、競馬に関するエッセイも多数執筆していた寺山が、ハイセイコーが引退するときに書いたものです。
陸上競技とは全く関係ないのですが、走る人に向けて書かれた詩のように思えてなりませんでした。
「うしろには夢がない」…大好きなフレーズのひとつです。

寺山の作品を読み進むと、彼ほど「速度」を意識していた作家はいないのではないかと思います。
「書を捨てよ、町へ出よう」の中で寺山は書きます。
あらゆる文明の権力から、自らを守るためには速度が必要なのだ。
時には逃亡のために、或いは故郷を捨てるために、
人の行動すべてには、速度があります。

そして寺山の言葉の中でも最も忘れられない一言
走ることは思想なのだ
ロンジュモーの駅馬車からマラソンのランナーまであらゆる者は走りながら生まれ、走りながら死んだ


学生の時に読んだ「走ることは思想なのだ」という一言の衝撃は凄まじいものでした。

走ることを思想だと考えられるほど、私は真剣に向き合ってきたのだろうか?
走ることそのものを見つめなおすには充分すぎる一言でした。
誰よりも頑張ろうとするのではなく、真剣でありたいと考えるようにもなりました。

走ることに限らず、何かしら思想としての「速度」を明確にもっている人の生き方には奥深いものがあるのだろうと思います。
それが走ることであるなら、灰谷健次郎さんが語る「走」そのものが豊かになるということに繋がるのでしょう。
では寺山にとっての速度とは何か?
書くことは速度でしかなかった
追い抜かれたものだけが紙の上に存在した
彼の生きざまを想うと、書くことだけが速度ではないことは容易に想像ができますが、書くことが速度のひとつであったことは間違いないでしょう。

人は時を見ることが出来ません。
見ることが出来るのは「時計」だけです。
しかし、走っても走らなくても、何かしらの速度が自分の内に存在するなら、時計とは全く異なるその人だけの「時」があるはずです。

自分だけの「時」の中を移動すれば、その後には自分だけの「距離」が残ります。
自分だけの距離を、自分だけの速度で走ればいい。
しかも年齢や国籍に関係なく、スタートとゴールのラインは全員一緒。
陸上競技や水泳など、「よーいドン」で始まるスポーツの素晴らしさは、まさにここにあると思います。
私はたまに、時計を外して走ることがあります。
その時、唯一私が感じる時間は自分自身の鼓動だけです。
「走」を豊かにするには、まず自分の鼓動を感じる事から始めなければならない…そんな気がします。
血があつい鉄道ならば
走り抜けてゆく汽車はいつかは心臓を通るだろう
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2016/04/06

遅れてきたランナー|灰谷健次郎さんのこと

作家、灰谷健次郎さんはランナーでもありました。
40代後半から走り始めた灰谷さんのエッセー、「遅れてきたランナー」は私に大きな影響を与えてくれた1冊です。
読んだのは高校生の時でした。

私は競技を引退した後、大学で文芸を学んでいました。
すっかり文芸の虜になった私は、何人か素晴らしい作家さんと出会う機会にも恵まれました。
中でも、私が師と仰いだのが水上勉さんです。
水上勉さんと何度かお話しするようになって、灰谷さんとも出会いました。
灰谷さんは水上さんのご友人でした。

淡路島から沖縄の渡嘉敷島に移住した灰谷さん。
那覇市の港で偶然お会いしたことがありました。
遠くから右手を上げて「よぉ!」と声をかけてくれて、短い間でしたが少しお話ししました。
体調を悪くして沖縄に移住した私は、走ることとは全く無縁の生活を送っていました。
そんな私に、
「走って疲れたら海に浮いていればいいんだよ。渡嘉敷は最高だよ。元気になったら走りにおいでよ」
と語りかけてくれた灰谷さん。
それが最後の会話でした。
私が灰谷さんと走る機会は結局最後までありませんでした。
それがとても心残りです。

灰谷さんは語ります。
ゆっくり走ることにより、走ることが好きになる。
走ることが好きになると、「走」そのものが豊かになる。
周りの命も見えるようになってくる。
一人で走る分には比較は必要ない。ただ、身体との会話。
心と体の対話を楽しむ
すてきじゃないか。

2016/03/06

動きづくりの実例|デイゼン・リツェンハイン

今日、ご紹介するのはナイキ、オレゴンプロジェクトのデイゼン・リツェンハインの動きづくりです。
リツェンハインはアメリカの選手で、5000m12分台、ハーフマラソンは1時間0分0秒、フルマラソン2時間7分台の記録を持つ長距離ランナーです。
ではまず、動きづくり、最初の11種類です。
この動画に出ている11種類の動きづくりを15分程度で行うそうです。
それぞれの動きづくりで移動する距離は40mだそうです。

昔、私が行っていたものとは動きが多少異なりますし、種類もかなり多いです。
高校生の頃に私が行っていた動きづくりは大体5、6種類くらいだったと思います。
アップのジョグが終わったら動きづくりと流しをして本練習を行っていました。
私は長距離ではなくて中距離でしたし400mも走っていたので動きづくりを行っていましたが、当時、駅伝強豪校で動きづくりを取り入れていた学校はほとんどなかったと思います。
最近は随分増えてきているようですから、そうしたことが高校生記録の向上につながっているのかも知れません。

次はストレッチとして紹介されているものです。

トータルで5分~10分程度で行うそうです。
私がダウンの後に行っていたストレッチは柔軟体操そのものでしたので、こんなに素晴らしいストレッチは実践していませんでした。

リツェンハインの動きづくりはひとつひとつの動作が本当に綺麗です。
ここまで綺麗に行うのは難しいでしょうけれど、走る速さに関係なく動きづくりは練習すれば誰でもある程度は出来るようになるものです。
体幹が強くなりますし、関節や筋肉が柔らかくなるので、今までやっていなかった人はランニングフォームも変わってくるはずだと思います。
上手に走ろうと思えば、動きづくりはやっぱり必要不可欠。
ネットや書籍などを見ると色々なやり方があってどれがいいのか悩みますが、リツェンハインの動画はとても参考になります。
出来る動作から徐々に練習してみると良いでしょう。